大阪高等裁判所 昭和61年(う)756号 判決 1988年9月29日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、被告人Y及び同Zの連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、京都地方検察庁検察官検事増田豊作成の控訴趣意書並びに弁護人高田良爾、同稲村五男、同村井豊明及び同安保嘉博ら四名共同作成の控訴趣意書各記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は、右弁護人四名共同作成の答弁書に、弁護人らの控訴趣意に対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事渡邉悟朗作成の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
弁護人らの論旨は、法令適用の誤り及び事実の誤認を主張し、検察官の論旨は、量刑不当を主張するので、当裁判所は、各所論及び答弁並びに当審における事実取調べの結果についての各弁論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討し、以下のとおり判断する。
第一弁護人らの控訴趣意について
一 控訴趣意第一(原判示第一の威力業務妨害罪の業務性についての法令適用の誤りの主張)について
論旨は、要するに、原判決は、「国税調査官には税務調査のための質問検査権が法定され、質問検査を拒んだり妨げたりした者に対しては刑罰が科せられることになっているけれども、国税調査官はその職務の性質上被調査者に対してはもちろん、それ以外の者の暴行脅迫に至らない威力等による妨害を排除する実力を有しない公務員であるから、税務調査の職務は、威力業務妨害罪の『業務』にあたると解すべきであるし、ことに本件では税務調査のための出張行為自体を第三者らが妨害したことが問題となっているのであって、(中略)この税務調査のための出張行為自体は、民間企業における出張業務と何ら別異に扱う理由もないことになるのであるから、威力業務妨害罪における『業務』にあたることは明らかである」として、被告人らを威力業務妨害罪で処断した、しかしながら、国税調査官が税務調査のために出張する職務は、同罪の業務に該当しない、すなわち、原判決は、公務であるというだけで威力業務妨害罪にいう業務から除外すべきいわれはなく、ただ警察官のように職務の性質上その執行を妨げる者を排除する実力を有する公務員の公務については同罪にいう業務に当たらないと解する余地があるとした上、国税調査官がこのような妨害を排除する実力を有しない公務員であることを理由に、その職務の業務性を否定したが、公務の業務性に関するこのような解釈は、公務が威力業務妨害罪にいう業務として保護されるかどうかの基準をその非権力性、現業業務性に求めている裁判例にも反する誤った解釈であるばかりでなく、国税調査官の職務は、国家権力の発動としての税務調査という一般行政官庁の職務とは比較できない極めて権力的な職務であり、これを受忍することを国民に強制する力を持ったものであって、さらにこれを拒否ないし回避した者に対しては、刑罰のみならず、一方的な租税の賦課決定及び裁判抜きの徴収手続をなしうる強大な税務権力を背景にしたものであるから、到底実力を有しない公務員の職務とはいえない、従って国税調査官の職務は威力業務妨害罪の業務に当たらないことは明らかであり、国税調査官が税務調査のために出張する職務に、同罪を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
そこで検討すると、本件においては、原判示国税調査官三名が税務調査の目的で被調査者方へ赴くための出張行為に対する威力業務妨害罪の成否が問題とされているのであるところ、関係各証拠によると、本件の発生した際、国税調査官三名は、それぞれ別個に、十数分ないし四十数分後に、場所的に数百メートル以上離れた三か所の被調査者方での税務調査を行うために、原判示上京税務署を出発すべく、公用車(普通乗用自動車)一台に同乗してその正門を出ようとしていたことが認められるのである。このような税務調査のための出張行為自体は、税務調査の準備行為ではあるが、税務調査とは異なった性質を有する行為であり、威力業務妨害罪による保護の客体としてみる場合、両者は可分であり、それぞれ別個独立に評価されるべきものであると解される。所論は、右出張行為とその目的とする税務調査行為とは不可分一体のものであるという見解に立って、右出張行為の業務性を問題にしているものと解されるが、その見解の採り難いことは右に説示したとおりであり、本件出張行為については、その目的である税務調査行為とは切り離して、それ自体威力業務妨害罪にいう業務に当たるかどうかが問われなければならない。
ところで、威力業務妨害罪によって保護される業務に公務が含まれるか否かについては、判例上、公務を権力的公務と非権力的公務とに分け、後者のみを業務に含ましめる見解が定着しており、当裁判所もこれに従うのであるが、右出張行為は、権力の行使と直接の関係のない事実行為であって、民間事業の出張業務と異なった性質のものでもないし、もとより強制力を伴うものではなく、従って権力的行為と非権力的行為とを区別する基準如何についてさらに審究するまでもなく、これが非権力的行為に属することは明白であるといわなければならない。そうだとすれば、原判決が、本件出張行為は、その目的である税務調査とは可分であって、それ自体民間企業における出張業務と何ら別異に扱う理由はなく、威力業務妨害罪における業務に当たることは明らかであるとしたのは、正当であるといわざるをえない。もっとも、原判決は、一方で右のように上記国税調査官らの税務調査と別個独立に本件出張行為の業務性を判断すべきものであるとしながら、他方所論指摘のような解釈論を展開し、税務調査行為自体威力業務妨害罪における業務に当たる旨、無用の判断を示しているが、その当否のごときは、判決に影響のない事項に属し、当裁判所においてこれに対する判断を示す限りではない。してみると、原判決には、なんら法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。
二 控訴趣意第二の一(原判示第一の威力業務妨害罪についての事実の誤認の主張)について
論旨は、要するに、原判示第一の事実(共謀による威力業務妨害)に関して原判決の認定した事実は、以下の点において事実に反する、すなわち、(1)①本件自動車の前に座ったのは、被告人Xを含め三名に過ぎず、同車の左側(西側)に座っている四名の民商会員らの位置は、一条通り(上京税務署の正門のある北に面する東西の通り)の南側の路上で同車とは少し離れているところであって、その四名の存在は左折西進しようとしていた同車の進行の妨害にはならないから、この四名を、進行方向に座り込んだ人数に加えてはならず、②座った時間もわずか二分位に過ぎず、しかも被告人Xが同車の前に座り、同車のクラクションが鳴り始めて間もなく、税務署員十数名が同車を取り囲んでいたのであるから、同署員Aらが降車するまでの時間のすべてを、同車の発進を妨害していた時間とするのは不当であり、③「A」と同人を呼びすてにし、「A、出て来て話し合え。」と言った者がいたとしても、それはごく一部の者であって、多数の民商会員らは、「話し合いに応じなさい。」、「反面調査はやめよ。」と冷静に言っており、乱暴な口調で叫んだりはしていないのであるから、被告人らが怒号したことにはならず、④被告人らは、車体を叩いたり、揺すったこともなく、以上のような被告人らのなした程度の行為の状況では(車の前に座ったのが、原判決認定の五分程度としても)、威力を用いたことに当たらないし、また(2)それらの行為によっては、業務を妨害したことにならず、(3)被告人Xが本件自動車の前に座ったきっかけは、同車を運転していたB税務署員の危険な運転に抗議することにあったし、、そもそも民商会員らが上京税務署に赴いた目的は、A署員に一言抗議をし、同署総務課長に税務調査の是正方の申し入れをすることにあったのであるから、被告人らには、業務を妨害する意思も、民商会員らと現場で共謀したことも、まったくなく、従って原判決には、これらの点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。
そこで、原判決挙示の関係各証拠を検討すると、原判決認定の事実は、すべて認められ、原判決が(争点に対する判断)として所論と同趣旨の原審弁護人らの主張に対して説示するところも、すべて是認できる。
すなわち、所論(1)のうち、①については、関係各証拠によると、所論にいう写真1を含めて検討しても、本件自動車の進行方向(同車は正門を出て左折し、西方一方通行の規制がある一条通りを西進することになっていた。)には、同車の直前に被告人Xを含む三名が座り込んでいた外、同車の左側前部に近い一条通り南側外側線上及びその南側に少なくとも四名が座り込んでおり、同車との間に少しの距離しかないことが認められるのであって、その四名の存在も左折西進しようとしていた同車の発進の妨害となることは明らかである。②の本件自動車の発進を妨害していた時間について、関係各証拠によると、なるほど、被告人Xが同車の直前に座り込み、同車のクラクションが鳴り始めてしばらくして、数名ないし一〇名弱の税務署員が同車の周辺に集まって来て、これらの税務署員と同車を取り囲んでいる民商会員ら(民商事務局員を含む。以下同じ。)との間にやりとりがあったことは認められるが、それらの税務署員らは民商会員らに妨害を止めるよう働きかけていたものと認められるのであって、その存在が同車の発進の妨げとならないことは明らかであるから、原判示のとおり、Aらが同車から降りるまでの時間のすべてを、同車の発進を妨害していた時間と認めるのが相当である。また、所論は座り込んだ時間を二分程度と主張し、それに沿う被告人Xの供述もあるが、他方、関係各証拠の中には、クラクションの鳴っていた時間、あるいはC上席国税徴収官が来るまでの時間などにつき、「二分ちょっと位」、「二、三分位」、「三分以上」、「五分位」などという表現の供述があり、いずれも供述者らの時間的感覚によるもので、確たる根拠に基づくものではないが、それらの供述により、おおよその時間を求めることができる上、原判決も説示するように、関係各証拠によって認められる被告人らや右税務署員など各関係者の行動の内容と経過、なかんずく、本件当時、D上席国税調査官が運転し、E署員が同乗する自動車が、本件自動車に続いて、同じく税務調査のため上京税務署前庭から正門に向かって出発したが、本件自動車が正門付近で止まり、同車の回りに人が出て来たので、D運転の車が前進からバックに転じ、Dが車を止めてから、E署員が降車したこと、F統轄国税調査官が庁舎二階にある副署長室から出た所で、E署員と同じころ降車し前庭から二階に上がってきたD署員から、A及びG署員らの車(本件自動車)が調査に出発するところを、民商事務局の人から妨害されて出張できない旨の報告を受け、すぐに庁舎一階の玄関に降りて行き、そこで自ら本件自動車が取り囲まれるなどしている様子を目撃し、次いで正門付近に止まっている同車の左横まで行き、取り囲まれている様子や「A、出て来い」などという様子を見聞した上、同車運転席からB署員が出ようとするのを、危ないと思って横に行って制止し、その後、庁舎二階にある総務課まで行き、H総務課長に事態を報告し、収拾してくれるよう申し入れたこと、申し入れを受けたH課長が二階から下り、本件自動車の近くまで行き、しばらく民商会員らとやりとりをし、間もなくB署員が降車し(写真2は、その時の状況を写したものと認められる。)、続いて最後にA署員が降車したことなどに照らして考察すれば、被告人Xが本件自動車の直前に座り込んでから、A署員が降車するまでの時間は、原判示のとおり、およそ五分程度と認めるのが相当である。そして③及び④については、関係各証拠によると、多数の者らが、「A」とA署員を呼びすてにし、「A、出て来て話し合え。」など原判示のような言葉を乱暴な口調で口々に叫んでいたことは明らかであり、また車体を叩いたり、揺すったりした者がいたことも十分認められるのであって、冷静な雰囲気であったかのように言う被告人らを含む関係者の供述は信用できず(なお、前掲写真2は、B署員が降車しようとしている最終段階の場面と認められ、これをもって、右認定を左右しえない。)、右のような被告人らの言動は人の意思を制圧するに十分であって、威力を用いたと判断すべきである。さらに所論(2)については、関係各証拠によると、被告人らの右行為により、Aら三名の署員が出張を断念せざるをえなくなって、車から降りたものと認められるのであるから、出張業務妨害の結果をもたらしたこともまた明らかである。所論(3)の犯意及び現場共謀はなかったとの主張については、所論と同趣旨の原審弁護人らの主張について、原判決が(争点に対する判断)第一の二の3において判示するところは、すべて正当として是認できるのであって、特に付加すべき点はない。
その他、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決には所論指摘の事実の誤認はない。論旨は理由がない。
三 控訴趣意第二の二(原判示第一の威力業務妨害罪についての正当行為に関する事実の誤認及び法令適用の誤りの主張)について
論旨は、要するに、原判決は、被告人らの行為の目的の正当性については、税務調査を受けた被調査者がその調査によって不利益を被ったとして、税務署当局にその違法不当を主張し、その担当者に調査方法等の是正を求めることは、それが理由のあるものか否かは別として、憲法が国民に請願権を保障した趣旨等からして許されるべきものであるから、被告人ら民商会員らがそのための抗議をしようとして本件行為に出た目的自体は、その意味で正当であったとしながら、その手段方法については、平穏な手段方法の範囲を逸脱しているとした上、被告人らの行為は、全体としてみて法秩序の是認する範囲内にあるとはいい難く、正当行為としてその違法性が阻却されるべきものではないと判示したが、右判示には事実誤認と法令適用の誤りがある、すなわち、(1)税務署員は、被告人Zらにした約束を二度にわたって一方的に破り、反面調査を強行し、さらに続行したもので、それが不誠実であるとして批難されるのは当然であること、(2)被告人らの行為が、平穏な手段方法であったか否かについて、業務を阻害した時間は、せいぜい五分程度と極端に短く、用いた手段方法も、せいぜい本件自動車の直前に三名、その左側前部に四名、後部に二名が座り込んだという消極的な行為態様であり(叩く行為があったとしても、回数・強さが不明で、一概に積極的な行為態様とはいえない。)、また直接暴力に訴えたことも、脅迫的な言辞を用いたこともなく、ごくわずかな時間業務が阻害されたものの、その後に調査に行こうと思えば行くことが可能な状態であったこと、以上(1)及び(2)などの諸事情からすれば、被告人らの行為は、目的において正当であるばかりでなく、その手段方法においても平穏であった(社会的相当性を有していた)というべきであるから、被告人らの行為は正当行為と評価され、違法性が阻却されるのに、原判決が、税務署員らの対応を不誠実であると批難するのは適当でないとした上、手段方法の不当を理由に正当行為の主張を排斥したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りを犯すものである、というのである。
しかしながら、関係各証拠によっても、国税調査官のAとGが税務調査のため、本件当日である昭和五五年六月四日に先立つ同年五月二四日午前一〇時ころ被告人Z方に赴いて、種々やりとりをした際、後日連絡するまでは反面調査をしない旨約束した事実はなく、また被告人Zが他の民商会員らと上京税務署に赴き、I係長に反面調査を止めるよう申し入れた際、同係長が、反面調査を中止する旨約束した事実もないと認められるのであるから、反面調査に関する税務署員らの対応について、これを不誠実であるとして批難するのは適当でないと原判決が認めたのは相当であるし、また被告人らの行為が原判示のとおりである以上、その妨害の時間、用いた手段方法などに照らせば、被告人らが直接暴力に訴えてはおらず、脅迫的言辞も用いなかったことなど所論の指摘する点を考慮しても、原判決が平穏な手段方法の範囲を逸脱しているとしたのも相当であって、被告人らの行為を正当行為と認めなかった原判決の判断は、これを是認することができる。
その他、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決には所論指摘の事実の誤認も法令適用の誤りもない。論旨は理由がない。
四 控訴趣意第三(原判示第二の一ないし三の傷害罪及び暴行罪についての事実の誤認及び法令解釈適用の誤りの主張)について
論旨は、要するに、原判決の右各事実に関する認定には、以下に述べるとおり事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがある、すなわち、まず被告人らの加えたという暴行について、(1)原判示第二の一の事実(Aに対する傷害)においては、原判決は主としてAの供述により、被告人Zが両手や肩でAの胸部を三、四回突いたという事実を認定したが、Aの供述は、数多くの矛盾点があり、その付近にいて目撃しているはずのB、F、Eらの署員が目撃していないこと、被告人Zが前庭でAに出会ったときの状況を具体的に述べて、暴行を否定していることなどに照らして、信用できないから、右認定は誤りであり、(2)同第二の二の事実(Fに対する傷害)においては、原判決は主としてFの供述により、被告人YがFに対し、両手でその左手首をつかんで左斜後方に強く引く暴行を加えたという事実を認定したが、Fの供述は、推測的な供述であり、すぐそばにいたE署員が目撃していないことなどに照らすと、信用できないから、右認定は誤りであり、(3)同第二の三の事実(Eに対する暴行)においては、原判決は主としてEの供述により、被告人YがEに対し、左肘を前に出して身体ごと同人の身体を押す暴行を加えたという事実を認定したが、Eの供述は、被告人Yの供述に比して信用できず、仮にそのような事実が存在したとしても、それは、日常生活のなかではありうることで、暴行と評価すべきか疑問であり、また同被告人が単独でした行為であるか第三者の行為も加って惹起された同被告人の身体の動きであるか判然とせず、従って暴行罪に該当しないから、右認定は誤りであり、(4)原判決は、同第二の各事実について、被告人Y及び同Zの両名が七、八名と意思を相通じたと認定しているが、その特定がまったくなされておらず、そもそも意思を相通じたという証拠はまったくないから、右認定は誤りであり、次に(5)Aらの受けたという傷害について、原判決は、右被告人らがAに対して、全治まで約二週間を要する①右手手背擦過傷、②左手関節部擦過傷、③左肘部擦過傷及び④左肘部打撲症の傷害を負わせた旨認定したが、右①、②は飯田、松本両医師の診察結果によれば、通常であればなんらの処置もしない程度のもので、傷害罪にいう傷害とはいえず、また②は右被告人らの行為と因果関係がないし、③、④の各傷害の発生原因についてのAの供述は信用できないのに、原判決がこの左肘部の各傷害が被告人Zのプラカードの柄によるものであるというAの推測供述は合理的であると認めたのは誤りである上、それらは傷害罪にいう傷害に当たるとはいえず、(6)原判決は、被告人らがFに対して、全治まで約一週間を要する左肩関節捻挫の傷害を負わせた旨認定したが、六月四日(本件当日)診察した飯田医師はFの痛いという訴えに基づいて捻挫と診断したもので、なんらの処置もしていないし、Fも六月七日には肩の方は何ともなかった旨供述しているのであって、右は、傷害罪にいう傷害とはいえないから、右認定は誤りであり、以上は(1)ないし(6)のとおり、被告人らはAらに、原判示の暴行を加えたり、傷害を負わせていないし、軽微な身体の損傷があったとしてもそれは傷害罪にいう傷害と評価すべきでないから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
よって、記録により検討すると、原判示第二の各事実に関する公訴事実は、被告人Y及び同Zが、他の民商会員ら十数名と共謀の上、A、F及びEに対してそれぞれ暴行を加え、よっていずれも傷害を負わせたというものであり、原審検察官は、(1)Aに対する各暴行のうち、胸部を突いたのは被告人Zと民商会員らのうちの氏名不詳者であり、その他の行為をしたのはいずれも同様の氏名不詳者であり、その結果Aに対して加療約三週間を要する前叙の①右手手背擦過傷、②左手関節部擦過傷、③左肘部擦過傷及び④左肘部打撲症のほか、⑤右手背打撲症及び⑥腰部打撲症の各傷害を負わせた旨、(2)Fに対して暴行を加えたのは被告人Yであり、その結果Fに対して加療約一週間を要する前叙の①左肩関節捻挫のほか、②左前腕打撲症の各傷害を負わせた旨、(3)Eに対する各暴行のうち、胸部と右肘を押したのは被告人Yであり、その他の行為をしたのはいずれも同様の氏名不詳者であり、その結果Eに対して加療約三週間を要する①右肩鎖関節捻挫、②右肘部打撲症、③右膝部打撲症、④腰部捻挫及び⑤右手背擦過傷の各傷害を負わせた旨主張した。しかし原判決は、所論とほぼ同趣意の原審弁護人らの主張にかんがみ、関係各証拠、ことにA、F、Eら被害者の各供述、被告人らの各供述、被害者らを診察した医師二名の各供述・各診断書などを詳細に比較検討し、それぞれの証拠の信用性、認められる暴行と傷害の因果関係などを十分に吟味した上、(1)Aに対する各暴行は検察官の主張どおり認め、傷害については、全治までに要する日数を約二週間と短縮した上、右①ないし④のみを認め、(2)Fに対する暴行は検察官の主張どおり認め、傷害は右①のみを認め、(3)Eに対する各暴行については、被告人Yがその左肘を前に出して身体ごとEの身体を押す暴行を加えたという限度で認め、傷害はこれを認めなかったのである。そして、原判決の証拠の信用性についての判断やそれに基づく事実認定の過程などに、不合理な点や経験則に反する点はなく、原判決認定の事実はすべて是認できる。
すなわち、所論(1)及び(5)については、関係各証拠によると、F署員らがAに対する暴行を目撃していない点がA供述の信用性を害しないこと、A供述に、その被害に関する供述の信用性に影響を及ぼすような矛盾のないことは、原判決説示のとおりであると認められる。所論は、Aに対する暴行を否定する被告人Zの供述、すなわち、右手にプラカードを持ってAと相対しているとき、J副署長にプラカードの柄をつかまれて折られ、その際Aが後ろを通り抜けて行ったという供述は、Jの供述によっても裏付けられていると主張するけれども、当審証人Jの供述によれば、同人が、プラカードを持った男がおり危ないと思って手で払ったらプラカードが折れたという場所は、同被告人のいうプラカードの折れた場所と著しく異なっており、Jの供述も同被告人の供述を支持することにはならず、同被告人の供述によってもこの点に関するA供述の信用性を否定し得ないとした原判決の判断に誤りはない。またAの負傷の点についても、診断書や医師の供述によれば、外観的に傷が見られ、湿布と包帯で固定し、創傷処置を施し、投薬したことが認められるのであって、これを傷害罪にいう傷害と認定した原判決の判断は相当である。所論(2)及び(6)については、関係各証拠によると、E署員がFに対する暴行を目撃していない点がF供述の信用性を害しないことは、原判決説示のとおりであり、また被告人Yが両手を用いてFの手首をつかんだという同人の供述は、推測ではあるが、その時の状況から判断した合理的な推測であると認められる。そして、Fの負傷の点についても、診断書や医師の供述によれば、六月四日の診察時、腕を外旋回させたところFは痛みを訴えており、六月七日の診察の時も肩の面に湿布をしたことが認められるのであって、Fが弁護人の反対尋問に対し、六月七日(受傷後四日目)には肩の方は何ともなかった旨(但し、検察官の主尋問に対しては、肩はもうほとんど痛くなかった旨)述べている点を考慮しても、原判決が同人の受傷の程度を六月四日から全治まで約一週間を要する旨認定したのが、誤りであるとはいえない。所論(3)については、関係各証拠によると、被告人Yの供述も、当該部分については、Eの供述と重要な点の食い違いはなく、E供述の信用性を害するものとはいえず、また原判示のEに対する暴行は、被告人Yが第三者から押されるなどしたための、その反動としての動きとは認められず、同被告人の意思に基づく有形力の行為と認められるから、暴行罪の暴行と認定する妨げとならない。所論(4)については、関係各証拠によると、被告人ZはAに、被告人YはFとEに、自らそれぞれ原判示の暴行を、いずれも前庭のうちの庁舎玄関の西前に停めてあった二台の自動車の間付近で加えたものであり、また原判示第一の威力業務妨害をした民商会員ら約二〇名のうちの、七、八名の者も、同被告人らとともに、自動車を降りて庁舎玄関に向かおうとするAの行く手を妨げ、前庭から右二台の車の間付近まで至って、Aを庁舎内に無事行かせようとするF、Eを取り囲むような行動をとったことが認められるのであるから、その七、八名の氏名が特定できなくても、被告人らとそれらの者との現場共謀は十分認められるというべきである。
その他、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決には、所論指摘の事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。
第二検察官の控訴趣意について
論旨は、量刑不当を主張し、要するに、原判決は、罪となるべき事実として、公訴事実とほぼ同旨の事実(但し、Eに対する傷害については暴行と認定し、A及びFに対する各傷害については、それぞれ受傷の部位及び全治までの期間を縮小して認定している。)認定した上、検察官の被告人Xに対する懲役六月、同Y及び同Zに対する各懲役八月の求刑に対し、被告人三名をそれぞれ罰金五万円に処する旨言い渡したが、本件犯行は、その動機、目的において酌量の余地がなく、周到かつ巧妙な計画的犯行である上、執拗な集団的暴力事犯であって、その態様は極めて悪質であり、さらにその結果は重大で、被害者らも厳重な処罰を求めており、被告人らは、本件犯行において重要な役割を果たしているばかりでなく、終始犯行を否認するなど反省悔悟の念に欠けているなどの事情や、同種事案の量刑に照らすと、罰金刑に処した点において、原判決の量刑は不当に軽きに失するから、破棄されるべきものと思料する、というのである。
よって、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、本件は、被告人三名がほか約二〇名の民商会員らとともに、Aほか二名の国税調査官が税務調査のため、上京税務署から普通乗用自動車に乗って三名の被調査者方へ向けて出発しようとした際、正門付近で同車を取り囲み、同車の前後や左側に座り込み、怒号しあるいは車体を叩くなどして、同車の発進を妨げ、国税調査官三名の右出張業務を妨害した事実(原判示第一の事実)、並びに被告人Y及び同Zが、ほか右約二〇名の民商会員らのうちの七、八名らとともに、右出張を断念して庁舎に引き返そうとした右Aを取り囲むなどして暴行を加え、全治まで約二週間を要する傷害を負わせ、さらにこれを救出しようとした同税務署々員二名にも暴行を加え、うち一名に全治まで約一週間を要する傷害を負わせた傷害・暴行の事実(原判示第二の一ないし三の各事実)からなる事案である。本件は税務調査そのものの妨害ではなく、税務調査のための出張の妨害とそれに続いた暴力行為であるが、被告人らは、Aら国税調査官が税務調査に赴くことを知った上、犯行に及んだものであること、その犯行は、もとより社会の法的秩序を乱し、被害者個人の自由と身体に侵害を加えたものであること、本件は集団によって行われた犯行であるが、被告人Xは、原判示第一の業務妨害の事件において、民商会員らのリーダーとして率先して自動車の前面に座り込み、その後の同第二の事件のきっかけを与え、被告人Y及び同Zは、原判示第二の事件において自ら被害者に暴行を加え、それぞれ重要な役割を果たしていることなどの諸事情に照らすと、被告人らの各所為が、いずれも相当の非難に値することは当然である。しかしながら、本件犯行の動機をめぐる事情についてみるに、原判決もいうように、比較的早い段階で本人調査を断念し反面調査に及んだAらの被告人Zに対する税務調査は、基本的に違法なものではなかったと認められるが、被調査者である同被告人を含む民商会員らが、その違法、不当を主張して、調査担当者らに対し、その是正を求めるなどの行動に出ること自体は不当であるとはいえないこと、その手段として本件のような威力を用いてする業務の妨害が許されないのは勿論であるが、本件について、被告人ら三名の間で事前にAらの乗車する車を止めて、出張を妨害するという確たる計画が立てられていたとは認められないこと、原判示第一の業務を妨害した時間は五分程度であり、同判示第二の各暴力行為に及んでいた時間も数分であって、ともに比較的短いこと、傷害の結果もさほど重いとはいえないこと、被告人らは、いずれも善良な市民生活を送っている者であってとりたてていう前科前歴もないこと、所論のいう同種事案はいずれも自由刑のみが法定されている公務執行妨害罪を含む事案であり、これらの事案における科刑の結果を、具体的個別的犯情を離れて直ちに、いずれも罰金刑が選択刑として法定されている威力業務妨害・傷害・暴行罪を内容とする本件に推し及ぼすことはできないことなどの事情、その他諸般の情状に照らすと、原判決が被告人らに対する刑種としていずれも罰金刑を選択した点に不当はなく、量刑の過軽をいう検察官の所論は、採用することができない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用を負担させることにつき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 田中明生 松浦繁)